玄宗皇帝は「眉フェチ」だった?今も昔も美人顔の鍵は眉にあり!
令和三年のブログ始めは、(かなり)久しぶりに、
歴史の中のお化粧について私が見つけた、興味深いエピソードを語るシリーズ。
今回は『眉』についてご紹介します。
万葉歌人・大伴家持が詠んだ『美しき人の眉』
振りさけて三日月見れば一目見し人の眉引(まよび)き思ほゆるかも
[訳] ふり仰いで三日月を見ると、一目見たあの人の眉(まゆ)がしぜんと思われることよ。
weblio古語辞典より引用
ふと見上げた三日月に、ただ一度みた美しいあの女性の眉を思い出す。
一瞬で家持を魅了した女性の美しさが、優美な三日月の姿に重なります🌙
「眉引き」と言うのは、一度眉を剃り落として眉墨で引いた眉のことだそうで、
歌に詠われた女性の高い美意識も感じ取れますね。
『眉』は世につれ。
思えば、『眉』ほど、顔の印象を変えてしまうパーツはないかもしれません。
女性男性問わず、人は『眉』ひとつで美しくなれるし、野暮ったい顔にもなる。
キレイになろうと思うなら、まず『眉』のお手入れなんだなと、
高校球児の眉の整えぶりを見て思うわけであります。
自分が知る限りで振り返ると、80年台後半は太めの眉が一世を風靡していました。
それから90年代には安室奈美恵さんの細眉ブームが巻き起こり、
眉毛テンプレートなるものも売られていたのを覚えています。
時代を経るにつれ再び太眉に戻り、今は直線的な『平行眉』がトレンド。
もしかしたら、新しいメイクアップコスメを買うよりも、
眉メイクをアップデートしたほうが、今風の美人顔が叶えられるのかもしれませんね。
写真は宝島社の雑誌「inRed」12月号の付録です。
眉&目元メイクパレットに惹かれて購入してしまいました。
眉の色を変えるだけでも、オシャレ度がアップしたように感じます♪
百貨店のコスメカウンターやアイブロウの専門店で眉メイクを
教えてもらうのもいいですし、
このような雑誌の付録を活用して、新しい眉メイクを
取り入れるのもいいかもしれません。
女性の眉に執着した玄宗皇帝の『十眉図』。
さてちょっと脱線してしまいましたが、最後に、
私が興味深いと思った歴史上の眉メイクのエピソードを。
大伴家持が活躍した奈良時代の日本は、大陸の文化を熱心に吸収していました。
女性の衣服や化粧も大陸様式を模倣していたと考えられています。
影響を与えていたであろう唐の時代は、
女性が眉墨で流行の眉化粧を楽しんでいた時代と言われています。
唐を繁栄させた玄宗皇帝も、女性の美しい眉に強い関心を持っていたのだそうです。
鴛鴦(八時)眉、小山(遠山)眉、五嶽眉、三峰眉、垂珠眉、月稜(却月)眉…
女性の眉の形を十種類に分類した「十眉図」を画工に描かせていたのだとか。
残念ながら名前しか残っていないので、それぞれの具体的な形は不明だが、眉化粧の多様さと皇帝の眉への執着ぶりはみてとれる。
吉川弘文館 化粧の日本史 美意識の移りかわり 山村博美著 P18より引用
女性の美しさを演出する眉にただならぬ関心を持っていた玄宗皇帝は、
最愛の女性・楊貴妃にいったいどんな形の眉を望んだのでしょうか?
歴史の表舞台で語られることはありませんが、
これも美女とコスメの謎のように思えるのです。
今回のコスメの歴史の時間、いかがでしたでしょうか?
歴史の中のコスメや美容法にも、今日を美しく生きるヒントがあるかもしれませんね。
今回もお読みいただき、ありがとうございました😊
参考文献:吉川弘文館 化粧の日本史 美意識の移りかわり 山村博美著